玉子焼き
私が作りました。築地の卵焼きの作り方を真似しました。 築地場外市場にある卵焼き展示です。フライパンが違いすぎでした。味まで真似ができません。プロの違いを思い知らされました。
日本一周ができたら いいね!!
ブログを見ているだけで楽しい。一周の旅でなくても地方別に攻略でもしようか・・・。自転車、バイク、リヤカー???
車で宿泊もいいかも・・・。ホームページは、http://www.mitumori55.com
私が作りました。築地の卵焼きの作り方を真似しました。 築地場外市場にある卵焼き展示です。フライパンが違いすぎでした。味まで真似ができません。プロの違いを思い知らされました。
古いデジカメの中にあったメディアからの懐かしい写しいです。 場所は東京都佃、隅田川に架かる勝鬨橋です。 富士山、東京タワーが見えます。
劔御前手前での撮影です。遠くに見えるのは、雄山(3003m)
コバイケソウが奇麗でした。 山の涼しさが懐かしい。
ここから晴海通りを銀座方面に歩くと銀座四丁目交差点です。 銀座四丁目交差点です。
水曜日は、築地市場は休みです。今も豊洲市場は、水曜日休日です。 最近は、出かけることができず過去の写真を載せています。m(__)m 築地場外市場です。この看板は、今でもあるだろうか?
法務省です。明治の雰囲気がします。
国会議事堂です。 国会議事堂周辺は、警視庁の機動隊が警備をしています。 警視庁の大型バスが駐車しています。
原宿駅近くで写真を売っていました。サイクリングで訪れた所の写真でした。 今頃どこにいるのだろうか?羨ましくもありました。 この自転車で日本一周をしていました。
佃島から隅田川の上流に行ったところです。佃のタワーマンションが見える。
旧国立競技場でのラグビーの早明戦。 ラグビー観戦によく行ったものです。
宮城県石巻市の運動公園にあった1964東京オリンピック聖火台です。 現在は、どこにあるのか知りません。 国立競技場を建て替える時に、一時ここにありました。 あの頃の日本人はどこに行ったのだろうか?
去年、コロナ騒ぎが始まったころの築地魚河岸です。 あの時食べておけばよかった。
築地の魚河岸。どんな種類か知りませんが、マグロです。
グライダーに乗せてもらいました。
銀座四丁目交差点です。 白い建物に日産の車の展示場があります。奇麗なお姉さんが迎えてくれます。
晴海大橋から晴海タワーマンションを見る。 レインボーブリッジと豊洲大橋を見る。
ゆりかもめからの豊洲の風景。晴海のタワーマンションを見る。今では、この風景を見ることができないだろう。
このGPSは、かなり古くなってしまったGPSです。現在は、見やすく、小型で多機能です。 2071は、気圧高度、2.71は、上昇速度、20.1は、対地速度m/sです。(毛無山上空)
毛無山(1964m)から本栖湖を見る。
めがね橋を上から見ようと斜面を登ってみました。
明治25年4月に建設が始まり12月に完成。芸術と技術が融合した美しいレンガのアーチ橋で、川底からの高さが31mあり、我が国最大級のものです。(群馬県安中市ホームページ)
東京ゲートブリッジを歩くには、写真中央にある階段から上がります。 冬だというのにキャンプをしている人がいました。
夜の勝鬨橋です。築地大橋が架かっていません。
東京港 第三航路(東京東航路)を跨ぎ 中央防波堤外側埋立地 と 江東区 若洲 を結ぶ 橋梁 である。(インターネットから)若洲には、キャンプ場、ゴルフ場がある。ゴルフ場は禁煙です。ここは、ごみを埋め立てているのでメタンガスが出るかも?
晴海大橋を渡りきったところです。 晴海大橋からタワーマンション群。東京スカイツリーが見えます。
晴海大橋から晴海のタワーマンションを見る。
レインボーブリッジが見えます。この橋(手前の橋)を渡ると豊洲市場です。
遠くに東京タワーと富士山が見える。 夜の勝鬨橋
築地大橋が架けられた。
タイ王国の駐車場です。左の車は、右にの車があるので出ることができません。しかし、右の車は、サイドブレーキをかけていないので押すと動きます。右の車を押して駐車場から出ることができました。この停め方は、日本人には真似できないと思いました。 タイで初めてしたことがこの車を押したことです。
立山の称名の滝が雲海の下にあります。
私が初めて3000m級の山に登った山です。
落差350mの称名の滝です。右に見える白い筋は、雪解けの時だけ発生する。
リフトが動いていません。スキーは問題なくできます。
スキー場です。ここまでは、歩いて登りました。雪上から離陸。
河口湖IC出口からの富士山です。
新倉山浅間公園からの富士山
このような写真を撮れるのは、めったにありません。幸運でした。
河口湖ICからの富士山です。ここからの富士山は、驚くほど大きく見えます。
黒部立山アルペンルートの雪の大谷です。
4月にスキーに行こうと思っていましたが、営業していませんでした。 去年のスキー場です。
東京駅だよおっかさん!!
赤レンガが奇麗でした。 東京駅のドームの天井です。
流橋が流れてしまったので、復旧工事中です。 流橋は、川の流れの抵抗を少なくし、流れても復旧しやすくなっています。
タンデムフライト、日常の風景と違い感動します。
大月から河口湖に行く途中で見える富士山です。
河口湖から御坂峠に登るときに見た富士山です。
劔岳は、名前の通り険しい山です。
立山の春です。立山の春と言っても冬です。(昔の写真)
緊急事態宣言が解除されました。 しばらく出かけていないので、懐かしい風景になりました。
日本橋の中央にある「日本道路元標」です。 日本橋は、車が走っています。車の間隙を縫って撮影しました。 車のタイヤに磨かれて光っていました。昔の写真です。
北海道旭川市にある鷹の爪(ラーメン専門店) チャーシューがデカい。最近美味しいラーメンを食べたことがない。 昔の写真を見て食べたころを思い出しています。
河口湖と富士山を見ながらフライト。 景色は、このエリアが一番です。
御坂峠からの富士山です。
静岡県朝霧高原の毛無山(1964m)から本栖湖を見る。
私の愛機です。
雪の朝倉山浅間神社。残念ながら富士山は、雲の中です。
表参道を歩いていた時に、乳母車に沢山の猫を載せて歩いていた人に遭遇。 同じ種類の猫でみなおとなしく乳母車に収まっていました。
去年の年賀状に使用した写真です。 忠霊塔は、山梨県富士吉田市の新倉山(あらくらやま)中腹にある戦没者の慰霊塔です。忠霊塔の周辺は、富士吉田市が管理する新倉山浅間公園として整備されています。(インターネットから)
文化庁、文部科学省、スポーツ省 霞ヶ関の官庁街です。
東京タワーに登ったのは、小学校の時だった。 東京スカイツリーには、近くまで行ったが登ってみようとは思わない。 何故だろうか?
薄暮の東京駅
大月ICから河口湖に向かい10分ほど走ったころ、目の前に富士山です。 今年の富士山には、ほとんど雪がありません。
この写真は、以前撮影したものです。今年の富士山の積雪はほとんどありません。 今年は、暖冬かも?
大桟橋からレンガ館を見る。
首里城には多くの門があります。 観光用でしょうか? 狛犬?
火災で焼失する前の首里城。 首里城内
石垣で囲まれている。標高120m~130m、那覇市内と東シナ海が見える。 城壁の石垣
首里城郭内に入るための第三の門「漏刻門」。かつて門の櫓に水槽が設置されていて、そこから水が漏れる量で時間を計ったといわれています。(インターネット参照) 漏刻門のへの登り口にあります。
国家の安全と繁栄を祈願した石門
那覇市内観光には、ゆりレールが便利です。 守礼の門
首里城 今は、火災で焼失してしまった。 南国だけに派手な色でした。
全長1,690mの橋。1995年3月13日に開通した。なんと農道です。 橋には、灌漑用の水、電気を送るパイプラインが付設されている。宮古島は、水が豊富にある。地下ダムがあるそうです。天気情報に農業用に散水情報がありました。 宮古島には、下地(しもじ)と言う名前が多い。
石がゴロゴロ見えるのは、昔、津波で運ばれたものです。
マングローブの中にボートで探検。 見たこともない大木。この根っこは何かに使えそうだ。
牛が大活躍です。(西表島) 由布島
牛に引かれて島内観光。
まさに楽園のような風景でした。
おなじみの風景です。石垣島の川平湾、社員旅行で行きました。 見たことがない奇麗な海でした。
横浜港大桟橋からの夕焼けです。
ティファニーとは、朝食を食べるところだと思っていました。(銀座三丁目あたり)
このパラグライダーエリアは、無くなってしまいました。懐かしい写真です。
一瞬雲の上に出ましたが、御覧の通り。雲の上に出たときは、雲の上を歩ける❓ 夢のような一瞬でした。
河口湖からの富士山
グライダーに乗せてもらいました。埼玉県妻沼滑空場(昔の話)
富士山と河口湖、パラグライダーでのフライト。最高の景色です。(昔の写真)
ヒガンバナと言えば赤い花?白いヒガンバナが咲いていました。
雲底まで上昇。パラグライダーの上昇限度だろう。
上昇気流を探し、この雲の淵を狙い上昇する。
上空は、夏でも涼しいです。しかし、ランディングしてから汗が噴き出す。
展望台前景、ゴンドラの駅舎が見える。駅舎から展望台まで歩いて15分くらいだった。
展望台のテイクオフ。ゴンドラが撤去され、今は歩いて登る。体力がないとできません。機体の影が映っている。
室堂にあるみくりが池。(立山)
雷鳥沢のキャンプ場と劔御前をみる。(立山)
チングルマとイワカガミ(赤色)
雷鳥沢の雪渓 雪解けの水が旨かった。
立山の雷鳥沢 ガスが掛かり登山をあきらめたときのものです。
ミヤマキンバイ 黄色が鮮やかでした。